アウトレット家具のチェーン店「ビッグウッド」社長のブログです。
今日も、またドラッカーです! もう居直っておりますが、許してください。
ドラッカーの本は、読みにくいとよく言われます、本当にその通りだと思います。
ほとんどの本は、土田惇生先生が翻訳されており、翻訳のされ方にも問題があるのではないかと思いますが、兎に角理解しにくい内容です。
しかし、ドラッカーが言っている事は本当に大切な「現代のバイブル」であり、21世紀に生きる我々人類の哲学だと思います。
なので面倒ですが、何度も何度も読み返し、理解しなければなりませんね。
「スルメイカを噛む様に」じわりじわり文章の意味がわかってきて、理解できるようになってくると思います。
以下の文章も、繰り返し繰り返し読んでみて下さい!
「ドラッカー氏の言葉」 「土田先生の翻訳」
知識労働者は先進国において急速に主たる資源となりつつある。
しかも知識労働者は主たる投資ともなっている。
なぜなら教育こそ、今日あらゆる投資のうち最も高価だからである。
そして彼ら知識労働者は、あらゆる所でますます大きなコストセンターとなりつつある。
したがって知識労働者の生産性の向上は、先進工業社会に特有の経済的ニーズである。
先進工業国の肉体労働者は、そのコストにおいて発展途上国の肉体労働者よりも競争力がない。
それゆえ知識労働者の生産性のみが、低賃金の発展途上国との競争下で先進工業国における高度の生活水準を可能とする。
これまでのところ、知識労働者の生産性に劇的な成果は生じていない。
経済的な成果を測定する二つの基準である生産性と利益率のいずれも際立った進歩を示していない。
知識労働者には貧しさによる問題はない、自己疎外、倦怠、フラストレーション、傍観が問題である。
肉体労働者の欲求と、拡大する産業との経済対立が、十九世紀の発展しつつある国にとっての社会問題であったように、知識労働者の地位と機能と自己実現が二十世紀の発展した国にとっての社会問題である。
少なくとも十九世紀には、肉体労働者は経済的な目的だけを持ち、経済的な報酬だけで満足すると信じられていた。
しかし、そのような考えは賃金が最低生活水準を超えた瞬間、事実ではなくなった。
知識労働者も経済的な報酬を要求する、報酬の不足は問題である。
だが報酬だけでは十分でない、知識労働者は機会、達成、自己実現、価値を必要とする。
彼らは自らを「成果をあげる者」にする事によってのみそれらの満足を得る事ができる。
以上の文章の意味ですが、
要するに現代の先進国ではほとんどの人が知識労働者である為、賃金だけでは満足できない人達であり、成果をあげる人間になりたいという欲求を「組織」は満たしてあげなければならない。
その為に現代社会には、「マネジメント」が必要であり、それが行える環境が必要であると言っているのです。
「マネジメント」の必要性は、我々人間社会の変化がもたらした労働環境にあると言われています。
ですから、我々は真剣に「マネジメント」について学ばなければならないと思います!
株式会社 家具のビッグウッド 杉浦眞悟
ドラッカーの本は、読みにくいとよく言われます、本当にその通りだと思います。
ほとんどの本は、土田惇生先生が翻訳されており、翻訳のされ方にも問題があるのではないかと思いますが、兎に角理解しにくい内容です。
しかし、ドラッカーが言っている事は本当に大切な「現代のバイブル」であり、21世紀に生きる我々人類の哲学だと思います。
なので面倒ですが、何度も何度も読み返し、理解しなければなりませんね。
「スルメイカを噛む様に」じわりじわり文章の意味がわかってきて、理解できるようになってくると思います。
以下の文章も、繰り返し繰り返し読んでみて下さい!
「ドラッカー氏の言葉」 「土田先生の翻訳」
知識労働者は先進国において急速に主たる資源となりつつある。
しかも知識労働者は主たる投資ともなっている。
なぜなら教育こそ、今日あらゆる投資のうち最も高価だからである。
そして彼ら知識労働者は、あらゆる所でますます大きなコストセンターとなりつつある。
したがって知識労働者の生産性の向上は、先進工業社会に特有の経済的ニーズである。
先進工業国の肉体労働者は、そのコストにおいて発展途上国の肉体労働者よりも競争力がない。
それゆえ知識労働者の生産性のみが、低賃金の発展途上国との競争下で先進工業国における高度の生活水準を可能とする。
これまでのところ、知識労働者の生産性に劇的な成果は生じていない。
経済的な成果を測定する二つの基準である生産性と利益率のいずれも際立った進歩を示していない。
知識労働者には貧しさによる問題はない、自己疎外、倦怠、フラストレーション、傍観が問題である。
肉体労働者の欲求と、拡大する産業との経済対立が、十九世紀の発展しつつある国にとっての社会問題であったように、知識労働者の地位と機能と自己実現が二十世紀の発展した国にとっての社会問題である。
少なくとも十九世紀には、肉体労働者は経済的な目的だけを持ち、経済的な報酬だけで満足すると信じられていた。
しかし、そのような考えは賃金が最低生活水準を超えた瞬間、事実ではなくなった。
知識労働者も経済的な報酬を要求する、報酬の不足は問題である。
だが報酬だけでは十分でない、知識労働者は機会、達成、自己実現、価値を必要とする。
彼らは自らを「成果をあげる者」にする事によってのみそれらの満足を得る事ができる。
以上の文章の意味ですが、
要するに現代の先進国ではほとんどの人が知識労働者である為、賃金だけでは満足できない人達であり、成果をあげる人間になりたいという欲求を「組織」は満たしてあげなければならない。
その為に現代社会には、「マネジメント」が必要であり、それが行える環境が必要であると言っているのです。
「マネジメント」の必要性は、我々人間社会の変化がもたらした労働環境にあると言われています。
ですから、我々は真剣に「マネジメント」について学ばなければならないと思います!
株式会社 家具のビッグウッド 杉浦眞悟
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